恋愛の精神論は数多くありますね。

恋は盲目と言いますが、恋愛中の熱い関係は単に精神的に盲目になっているだけ。

人間も動物です。

子孫を残す為に異性を求めます。

異性を求める為に「恋」と言う状況を作り出すようになっているのだと思います。

ですので、恋は単なる切欠に過ぎず、倦怠期が来たからと言って終わりでも何でもありません。

逆に倦怠期からが本番だと思います。


恋愛中に相手のことはわからない

ラブラブの恋愛中、普通に付き合っていても相手のことは殆どわからないと言ってもいいんじゃないでしょうか?

恋愛中は相手に好かれようとしてお互いに自分の悪いところを見せないように努力しますね。

男も女も一緒だと思います。

個人差はあるでしょうが、基本的にはそういう形が多いと思います。

相手に好かれる為には表面上もきれいに清潔にする努力をしますし、内面的・精神的にも良い人間を演じるものです。

そんな演じている2人ですから、当然そこに隠された姿を察するのは非常に難しいものです。

もちろん、その内面を探ろうと考えて付き合っていれば見えてくるものもあるでしょうが、やはり恋で盲目になっているので好きだと言う感情で動くのでなかなか見えません。

ですので、恋愛中には相手はどんな人間なのかわからないで付き合っているので、2人の愛称がいいのかどうかはこの段階では判断できないものだと思います。

よく付き合ってすぐに結婚するカップルが、あっさり離婚してしまうのもこのせいだと思います。



恋愛中は単純に楽しめばいい

折角何らかの切欠で出会って恋に落ちた訳ですから、何も考えず楽しめばいいのかと思います。

まぁ普通は普通に楽しむと思いますが、何度も失恋したり嫌な思いをした人は素直に恋愛できなかったりしますね。

でも、この盲目な恋の時間がないとその先へも進めないはずです。

恋する感情を押し殺して相手をじっくり観察してどんな人間か探るのはこの段階で行うべきではないと思います。

恋愛中は何も考えず愛を育む時間であって、その時間がないと次へ進めないのでとにかく倦怠期がくるまで純粋に楽しむスタンスが一番良い気がします。


倦怠期がきてから本当の姿が見えてくる

楽しい盲目な時間が終わるとようやく本番です。

よく倦怠期がきたら別れてしまう人がいますが、これは勿体無い!

これからやっと相手の本当の姿が見れる時期なのに、あっさり別れてしまっては非常に勿体無い。

倦怠期からお互いのわがままな姿や自己中心的な姿などいろんな姿が見える訳です。

そこでケンカしたりするのですが、その時にめいいっぱいケンカして欲しいと思います。

よくケンカする程仲がいいとか言いますが、それはケンカして相手の本当の姿が見え、その上で仲直りができたことで関係が深まるからだと思います。

いろんな苦難を乗り越えた2人と言うのは絆が深まるんですね。

困難である程絆が深まるのかもしれません。

それなのに、ちょっとウザい事が増えた程度で別れてしまうのは勿体無い。

まだ2人が良い相性なのかもわからない状態のままで別れてしまうということだと思います。

折角長い間付き合ってきたのですから、倦怠期を期に徹底的に思っていることを言い合って口げんかして欲しいと思います。

格好つけて良い人間を演じるのは倦怠期を期にもうやめちゃって、普段のわがままな嫌な自分も曝け出して話をして欲しいと思います。

それができないと一生愛称のいい恋人はみつからないかもしれませんよ。



倦怠期を乗り越えた時に愛情に変わってくる

たくさんケンカをして、別れるか別れないかギリギリの線を乗り越えた2人と言うのは、本当に強い間柄になると思います。

そういう2人は、相手の事を許しあえる関係になりつつあるので、今後はケンカも少なくなると思います。

そんな危機を乗り越えた後は、また恋愛中とは違った感覚がやってくるはずです。

前みたいに恋愛中のウキウキ感はないものの、相手が愛おしく思えてくる感じです。

恋愛中なら嫌がるような行為でも、何だか許せる感じです。

こういうのが愛情になってくるんだと思います。

愛情って説明するのが難しいですが、感じた事がある人はわかると思います。

それは単なる情ではなくて、愛情に変わってきているのだと思いますので、その愛情を大切にするといいと思います。

何だかんだいって最終的には許しあえる関係が一番居心地良くていいもんだと思いますよ。

何だか何書いてるのかわかんなくなってきてしまいましたが、これで終わります(笑)